ブラックホール

書くことで何かを見つける日々です

久方ぶりのナイトウォーク

稽古帰り。電車に乗って本を読んでいると軽い眠気が襲ってくる。稽古はやっぱり疲れるのだなと思いながら、本と目を閉じる。

気がつくとそこは最寄りの一つ先の駅。時々やってしまうのだよなと上り電車に乗ろうと電光掲示板を見ると、そこに電気信号は流れていなかった。自分の身に起きたことが少しずつ飲み込めていく。階段を登り駅の窓口へ。「もう上りの電車ってないんですかね?」「ないね」「他の線も」「ないね」あまり愛想の良くない駅員さんは僕に現実を突きつけるだけ突きつけて奥へと去った。僕はすごすごと改札にスイカを押し当て、154円がこの世で一番無駄な形で引き去られるのを眺めた。

バスロータリー。一縷の望みにかけて時刻表を見たけれどもう家の方へと運んでくれるバスは来ない様子だった。寒い。味噌汁でも買おうと思ってローソンに入ったけれど、ローソンのインスタントスープ系のところにはあまり味噌汁が置いてなかった。セブンイレブンファミリーマートに遅れを取ってるぞ、気を抜くな。店内を一周して何も買わず外に出ると、黄色と青の見慣れた看板。プレミアム牛めし並盛りと味噌汁をかきこんで温まった体で再び歩き始める。坂を登る。携帯の電源はとうの昔に切れて、しかもモバイルバッテリーの充電まで無いもんだから、僕は街をぼーっと眺めて大したことのないことを思いながら歩く他なかった。この駅の周りは綺麗に整備され開発され尽くしているからあまり見所はないのだけれど。

坂の上までやってきて信号待ちをする。隣では大学生で思しき男性二人が教職が云々と言いながら時間割の話をしている。俺、明日2限あるじゃん。何をやっているんだろう。急ぎ足で横断歩道を渡る。少し歩くと地蔵尊があって、こんなこともなければ一生お参りしないだろうと思い中へ入る。階段を登り切って一息つこうと思ったら、左のほうからドンッと物音がした。野良猫?殺人鬼??幽霊???これは死んだなと左に目をやると、プラスチックか何かで作られたかわいい地蔵の置物の手には蛇口。そこから水が流れていた。お清めの水。驚かせんなよ。技術の進歩、自動化の進展により新たな怪談話が生み出されるところだった。せっかく出してくれた水なので清めておこうと思い近づくと、今度は頭上がピカーっと光る。電気まで点けてくれるのか。優しいけど本当にビックリするからそれなら水が流れると同時に電気も点けてくれよ。ぶつくさ文句を言いながらしっかり手を清めて本堂へ向かう。鈴と賽銭箱。カバンの中から財布を取り出し小銭を掴み取る。100円玉は丁寧に財布の中へと戻して、11円を賽銭箱に放り込む。鈴を振り、二礼二拍一礼。目を閉じるとまた何か物音がしそうで怖くて踵を返して階段を降りる。降りながら、入り口に掲げられたのぼりを見てはじめてここが寺だと知る。そうか、地蔵は寺か。もう取り返しはつかないので二礼二拍はそのままに前へ進む。

今はもう寂れてしまった商店街を通る。古き良き、とナイーブな懐古趣味で言ってしまいたくなるような電気屋や理髪店が立ち並んでいた。一軒だけまだ明かりがついていて、そこは歌える店、スナックだった。中をのぞくと男性が一人カウンターに座りママと話している。まだ生きているんだな。住宅街へと入っていく。周りの景色が暗くなったからふと空を見上げる。都会くずれのこの土地で星ははっきりとは見えず、太古の人々がどんな風に星々をまとめ上げて認識していたのかなんてわかりようがなかった。それは不思議なほど有名なオリオンであっても同じことだった。

そろそろ母校が見えてくる。校庭にはプレハブが並び立ち、深夜だというのに蛍光灯が何十本も灯っている。本校舎の方は鉄板に囲まれて改修の真っ只中のようだ。僕が通っていた頃の姿はもうなくなってしまうのだと思うと、特に思い入れもなかったはずなのに少し胸がしぼむ。思えば、中学校の頃に初めてここに来たとき古びた校舎に趣を感じて心を惹かれたのだった。積み重なる歴史を感じていたのだろうか。入学してみたらそんないいものではなかったのだけれど。明日からまた新たな生徒を迎え入れるのだろうね*1

夜の町を僕はうまく見ることができない。それは町の暗がりを見ているときに何かと目が合う気がするからだ。町には無数の目があり、夜になるとそれが一斉に開いてこちらを見ているような気がするからだ。だから僕はその目を避けるようにして物思いに耽るか明るいところに目を移してしまう。本当は夜の町をくまなく見てやりたいのだけれど。これまでずっと存在は知りつつ見過ごしてきた寺があり、今日もそこを通り過ぎようかと思ったが、なんだか引っかかって立ち止まって眺めてみる。門は閉まっているけれど右に階段がある。その奥には踏切がある。初めて知ったその存在を詳しく見たくなって階段を上って近づいてみる。すると、線路が寺の敷地を横断していて、それは奥へと進むための踏切だということがわかった。そこでなんだか怖くなってしまって引き返す。常々僕は小心者なのだ。

ようやく家の近くまでやってきたら、掲示板に「ネットでは知らない誰かが狙ってる」という安い標語とともにネット犯罪対策の啓発チラシが貼られていた。それを見た後だというのにこんなに地域密着型の文章を書いていいのだろうか。考え込んでしまうがとりあえず書いてしまったものはしょうがない、やばかったら消そう。

*1:書きながらTwitter見てたら53期が部活の運営をしていて、ということは54期が入る……???